沖縄生活

沖縄の孔子廟は本土とも台湾とも違う歴史がありました

2022年7月16日

沖縄は台湾らしさの宝庫

久米至聖廟至聖門

久米至聖廟至聖門

以前にも書いていますが、沖縄県は日本で最も台湾らしさのある県です。南国だからと言うことももちろんありますが、屋台やフルーツ、テビチやミミガーなどの豚の食べ方など共通点は多いです。

そんな沖縄に移住してきて1ヶ月少々。那覇市には孔子廟があることがわかりました。今日はその孔子廟を紹介します。

孔子とは

ここでまず孔子とはどんな人なのかおさらいしてみましょう。このブログに来てくれる台湾好きな皆様は少しは知っていると思いますが、知らない人も多いと思います。

孔子は儒教の始祖であり、釈迦・キリスト・ソクラテスを含め四聖人と言われる紀元前の中国春秋時代の人物です。

儒教は現在まで2500年以上に渡り主に東アジアで信仰、研究されており、中国や香港、台湾、そして日本でも信仰されてきました。

え?日本でも?と思うかもしれませんが江戸時代には儒教の一つである朱子学を幕府が取り入れ、多くの儒学者がいました。東京に今も残る湯島聖堂は5代将軍徳川綱吉によって建てられたもので、幕府の学問所として機能していました。

湯島聖堂は私も何度か行ったことがありますが、孔子を祀っている場所です。

日本では学問の神様というと菅原道真を想起する人が多いと思います。各地にある天満宮、天神社、菅原神社などは菅原道真を祀った神社で、受験シーズンになると多くの受験生で賑わいます。

単純に考えれば孔子は中華圏の学問の神様的位置付けです。湯島聖堂も受験シーズンになると近所の湯島天神ほどではないですが、受験生がお祈りしていますね。

孔子は現代に至るまで絶大な影響力を残した傑出した人物ということがわかると思います。

そんな孔子なので中国ではもちろんのこと、かつて中国からやってきて台湾に住み着いた人たちは台湾にも孔子廟をたくさん建造しました。それが今でも残っていますし、今でも孔子は多くの人が信仰し、また学問の神様として受験生にも人気があります。

沖縄の孔子廟

沖縄県の歴史を語ると長くなってしまいますので、それはいつか別の機会にするとして、沖縄はかつては日本ではなく琉球王国であったことは多くの人が知っていると思います。

琉球王国は1429年〜1879年まで沖縄本島や周囲の島々を勢力下に置いていた王国です。この450年の間には日本も含め周辺諸国と交易を行なっており、中国との往来も盛んで、中国から流入した人たちもいたことから孔子廟も建設されました。

その一つは琉球王国の首都であった首里城付近に1837年に建設された首里聖廟。しかしここは残念ながら第二次世界大戦で消失していまい、現在は残されておりません。

孔子廟

孔子廟

孔子廟

もう一つは1676年に建設された久米至聖廟(孔子廟)ですが、第二次世界大戦の戦火で焼けてしまいました。その後、再建の話が持ち上がるも元にあった場所は道路になってしまい止むを得ず少し離れた場所に移転しました。

それが写真の孔子廟です。場所的には観光客も多い波上宮のすぐ近く。1975年にやっと再建されました。上の写真を見ればわかると思いますが、結構シンプルです。台湾の孔子廟は屋根の角が尖っていたり、少し派手な廟もあったりしますが、沖縄の孔子廟は本当に質素です。

久米至聖廟(孔子廟)

久米至聖廟

久米至聖廟

久米至聖廟は上記の通り移転し、再建されたのですが、管理する久米崇聖会は何とかかつてあった場所近くに再建したかったようで、松山公園内に久米至聖廟を2013年に再建したものが上の写真です。

つまりは同じ孔子廟が2つ存在するわけです。神道だとこれを分祀と言いますが、儒教では何というのでしょうか。不勉強でわかりませんが、見た目もそっくりですね。

しかしこの孔子廟の再建は実は大問題になりました。那覇市はこの孔子廟のために公園内の敷地を無償で提供したわけですが、これが政教分離に抵触するのではないかとなり、揉めに揉めて結局2021年に最高裁判決は違憲となりました。

この時は私はもちろん東京に住んでいましたが、神社仏閣好きな私にとってもなかなか興味津々でした。というのも都内やその他の地域にも公園内に神社があるというケースは結構多いのです。

その神社の運営団体などが自治体にお金を払っているのかは知りませんが、そんな経緯もあり沖縄のこの判決を興味深く思いました。

最高裁は儒教そのものが宗教だとは認めなかったものの、宗教的性格が強い施設であると判断したようです。結果として運営する久米崇聖会は那覇市に対して敷地の使用料を支払うことで決着したそうです。

そんなわけでこの孔子廟は実は全国的にもニュースになった孔子廟なのです。

一般社団法人久米崇拝聖会

孔子像

那覇市孔子像

那覇市孔子像

戦前まで久米至聖廟があった場所には現在孔子像が立っています。実はこの孔子像は若狭に孔子廟が再建されるのに合わせて1974年に台湾台北市から寄贈されたものです。

ここで台湾が出てきました。台湾にも孔子廟や孔子像はたくさんあります。しかしそれらを管理する団体から贈られたものではなく、台北市から贈られたという点はなかなかすごいです。日本ではそれこそ政教分離問題になりそうな事案ですね。

 

まとめ

那覇市孔子廟跡

那覇市孔子廟跡

台湾にも日本にもある孔子廟ですが、沖縄の場合は本土とは少し事情が違いました。沖縄の孔子廟は琉球王国時代の名残でもあります。

現在はそれぞれ観光スポットの一つになっていますが、その歴史を知るとなかなか興味深く、また私は孔子廟の前を通る度に台湾を思い出してしまいます。

以前に行ったことがありますが、台南の孔子廟にもう一度行きたいなと思っています。


 

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